国籍法に関する基本的事項など

日本人って何だろう - K3 The Alternative
http://d.hatena.ne.jp/k3alt/20090501/1241148995

上記記事のコメント欄で、トンデモな解釈が主張され、それで納得してしまっている人もいたようなので、ちょっと書いてみます。
各国の国籍法における考え方は、おおまかに分けて「血統主義」と「出生地主義」があります。「血統主義」は自国民の血が繋がっている子供は自国民とする考え方で、「出生地主義」は、両親の国籍に関わらず自国の領土内で生まれた子供は全て自国民とする考え方です。

生地主義は米国等の多民族受入型の移民国家に見られ、日本を含むアジア諸国の多くは血統主義を採用しています。日本の場合、1985年以前は父親が日本人の場合に子供に日本国籍を自動取得させる「父系血統主義」が採用されていて、1985年の国籍法改正により、父親もしくは母親が日本人の場合に、子供に日本国籍を取得させる「父母両系血統主義」が採用されるようになりました。


血統主義」と「出生地主義」は国籍立法における考え方としての優劣はなく、それぞれ一長一短ですので、どちらかが「先進的」であるという事はありません。 「血統主義の弊害」を解消するために「出生地主義」を採用した場合でも、新規に出てくる弊害も大きいので、ある問題(在日コリアンの国籍問題等)をピンポイントに解決するためには適切な手段であっても、国籍立法という観点から見た場合は不適切になる事は往々としてあります。
そういった事実認識に立ち、日本の国籍法における「血統主義」は、(明石書店という左派御用達の出版社から出ている)国籍法に関する書籍でも、国籍法の専門家が「血統主義」を「出生地主義」に変更するのは憲法改正に匹敵するレベルの国民的合意が必要で、改正は無理と書いている場合もあり、原則そのものの変更は現実的ではないと認識されていると思います。


なお、日本は原則的には「血統主義」を採用していますが、日本で生まれた子供を無国籍にしないために、「父母がともに知れないとき、または国籍を有しないとき」に限って、その子供は日本国籍を取得できる「出生地主義」が限定的に採用されています。日本の国籍法における「血統主義」に関しても、純粋な意味での「血統」に拘って採用しているのではなく、国籍立法における考え方として「出生地主義」と比較した場合に適切だから採用しているという要素が大きく、日本の伝統や実態とのズレも生じています (日本の国籍法上の「血統主義」という言葉の正確な所や日本の伝統的な家族関係の多様性については、リンク先を参照して下さい)。

日本の国籍法上の「血統主義法務省の国会答弁
http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/101.html#id_e869e69e
参議院議員 松浦大悟 オフィシャルサイト 「法に退けられる子どもたち」
http://www.dai5.jp/cgi/blog2/blog.cgi/permalink/20081202232743


ちなみに、国籍立法における考え方として、「出生地主義」の方が優れているという事がないのと同様、「血統主義」の方が優れているという事もありません。そのため、冒頭に引用した記事のコメント欄で主張されている「外国人の国籍の確認は電話やメールで即時に可能になっているため、出生地主義を主軸にしていく必要性自体が薄れている」という解釈は間違いです。


「出生地主義」の採用に関しては、欧州諸国の場合は戦後の移民の増加に伴い、移民の二世・三世の政治参加・在留資格・国籍取得・社会への統合をどうするか、という文脈で部分的に「出生地主義」が採用される範囲が拡大していくという傾向にあります。
但し、(国籍取得のためだけの遠征出産や不法滞在者の子供のケース等まで含めて)無制限に「出生地主義」を取り入れている国というのは先進国では米国ぐらいで、英国や豪州は、親が永住許可を得ていれば生まれた子供は国籍を自動取得、フランスはフランス生まれで一定期間フランスで暮らした外国人の子供が成人すればフランス国籍を自動取得、スペインはスペイン生まれの外国人から生まれた子供はスペイン国籍を自動取得、ドイツは一定条件を備えてドイツに定住している親から生まれた子供はドイツ国籍を自動取得するが23歳までに国籍選択の義務があるなど、その国の外国人・移民の実情に合わせて国籍取得の範囲や条件はころころと変わり、最近は国籍取得の条件は厳しい方向に改正される傾向にあります(最新の情報は確認していないので、各国での国籍取得の条件は変わっている場合があります)。


そういった前提知識を踏まえ、今度国籍法を改正する際は、「移民」とは歴史的な経緯は違いますけれども、現象としては移民と類似のもので世代としては在日四世・五世を数えるまでになった在日コリアンの政治参加や国籍問題をどうするか、それ以外の日本で生まれた外国人の子供の在留資格や国籍をどうするかといった問題が発生し、現在の代々世襲で血統によってのみ受け継がれる「日本人」と概念をどうするのかといった点が、議論になってくるのではないかと思います。

補足1

上記の問題に関する回答の一つが「国籍取得特例法案」です。国籍法の「血統主義」の基本は変えないけれども、治安維持や日本政府と韓国政府の都合のために割を食った在日二世やその子供達に、遅ればせながら、本人達が望んだ場合は届出だけで日本国民として迎えるといった感じの法案で、2001年と2008年に法案提出に向けた動きがありました。

国籍取得特例法案 - Korean Japanese
http://blog.goo.ne.jp/korean-japanese/e/2321c3b99b01d537d1dd71f32473fb35
参政権行使は国籍取得が条件−特別永住者には特例帰化制度導入を ≪ 一般財団法人 国家基本問題研究所
http://jinf.jp/suggestion/archives/103
在日コリアン日本国籍取得権確立協議会
http://members.jcom.home.ne.jp/j-citizenship/

補足2

二重国籍による外交的保護権問題を無くすため、国籍要件は厳しくしていこうというのが国際法の流れ」というのはないと思います。重国籍は、違法に重国籍の権利を使用する人が相当数いる事、重複旅券を使用して各国の入管管理の支障になっている事、本国に税金は払わずに権利を要求する重国籍者のために税金が使われると国民から多大な不満が出る事などが問題視され、日本の法務省も「二重国籍者が属する各国の権利・特権を行使し得ることは、日本の国籍のみを有する通常の日本国民との間に、法律上の不公平を生ずる」という事が反対理由の一つになっていますが、「外交的保護権との関係」でいえば、外交的保護権は個人の権利ではなく国家の権利に属し、その衝突も、現実の問題というよりは、法理論上の問題になっています。